コロナ禍の中で
不安とストレス
疑心暗鬼?
長く続いていた緊急事態宣言もようやく解除となりました。けれども、どこかにまだ喉の奥ににつかえがあるようで、まだまだ心には警戒感があり、これで安心という気持ちには程遠いのではないでしょうか?
ウイルスが私たちの世界から完全に消えたのではないため、たとえ感染者がわずかにいても、身近にいる可能性はゼロでないため、どこかに不安感が拭い去れないのでしょうね。このため、ようやく外出できたとしても、どこか疑心暗鬼なのでは?
これでは、多くの店舗がオープンしてもなかなか人も寄り付かず、残念ながら経済は停滞のままで、それ自体が不安の要素にもなっているようです。
不安は忘却する
比較するのはおかしいのですが、先の世界大戦では毎晩のようにやってくる空襲に身をすくめ、都会が焼け野原になったにもかかわらず、終戦後あっという間に復興したのは、どこかに希望を見い出せたからでしょう。
一方、9年前の東日本大震災では、関東地方以東の地域では毎日頻繁に続く余震に身をすくめ、さらには福島の原発事故で放射能汚染の恐怖にも怯えていました。けれども、余震もほぼ止み、放射能についても最近ではどこか他所ごとのようになってしまいました。
人はこれだけの経験をしつつも、嫌なことはあっという間に「忘れる」ということができるようですね。確かに、体験した不安な日々に対しては、それを繰り返さないことにシフトしていきますが、不安な心はいつしか消えていくようです。
不安、ショックは体に刻まれている
けれども、心に生じたそうした強い不安、恐怖、焦燥といったストレスは、そのままにしておくと忘れた頃になって確実に体に現れ、予想もしない体の不具合として出てくることをご存知でしょうか?